人もすなるブログといふものを我もしてみむとてするなり

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「話す」という行為の鎮静作用

散々な週末だった。

金曜日の深夜、夫がアパートの階段を踏み外して転落し、救急車で病院に運ばれる事態となった。その晩は彼がひとりで友人宅を訪ねていたのだが、そこで友人と酒盛りになったらしく、ひどく酔って帰ってきた結果である。
精神衛生のために先に現況を書いてしまうと、幸いにも頭蓋や脳には異常がなく、額の傷を縫った上で、むち打ちコルセットをはめて3日ばかり入院する…という程度で済むようだ。しかし、最初に頭から血を流してひっくり返っている夫を見た時は、まさに驚天動地、心臓が縮み上がるとはこのことか! という感じだった。

とにかく夫につきそって救急車に飛び乗り、そのまま病院で夜明けを迎え、いったん自宅に戻ってアパートの階段を掃除し(夫が作った血だまりや、救急隊員が応急処置に使った器具のビニール包みなどが放置してあったので)、パジャマなど入院に必要と思われるものを用意して午後から再び病院に行き…とまあ、こんな調子で一睡もできなかったので、ひとまず安堵の結論を聞いた時には、さすがに疲労困憊で眠くなった。そこで、とにかくひと眠りしようと、帰宅してすぐベッドに入ったのだが………ぜんっぜん眠れない! ものすごーく眠いのに、横になって目を閉じていても、一向に眠りがやって来ないんである。

とりあえず最悪の事態にはならなかったし、すでに状況は安心できる所まで来た…と、頭では分かっているのに、目を閉じると階段に血だまりを作って転がっている夫の映像がフラッシュバックして、なんか落ち着いて寝ていられないんである。何度も寝返りを打って仰向けになったり腹這いになったり、一時間ぐらいジタバタしてみたが眠れず、とうとうあきらめて起き出した。
でも、起きたからといって何かできたわけではない。ネットを立ち上げても、本を読もうとしても、編み物の続きをしようとしても、ヴァイオリンを手に取ってみても…なーんも手につかない!のである。じっと座っていられず、動物園のトラかクマのように、狭い家の中をウロウロ歩き回るばかりである。

おそらく「神経が毛羽立つ」というのは、こういうことなんだろう。
考えてみれば、事態の進行中は動揺しつつも、我ながら意外に冷静だった気がする。救急車を待つ間に夫の医療保険登録証を忘れずにバッグに入れたり、行きは救急車でも帰りは歩きだ…てなことまで先回りして考えて、外歩きできる服装に着替えたり…なんてことを、ちゃんとやっているのだ。
それが今になって震えが来たというか、要するに心理的な動揺からは脱出できていなかったらしい。このままでは夜になっても眠れそうにない。ちょっと危機感。どうしたらいいかと考えるうち、何となく誰かと話す必要性を感じてきた。

理性的な判断としては、良いニュースならともかく悪い出来事は心配をかけるばかりなので、特に親しい人には無暗やたらと吹聴すべきではないと思う。だから今回のことも、必要最低限(約束した日に行けないなど)の連絡を必要な人にだけして、詳しいことは誰にも話さずにいたのだが、どうやら感情面はそうもいかないらしい。私自身の精神安定のためには、私や夫のことをよく知っていて、親身になって聞いてくれる誰かに話さなければならないような気がしてきた。
というワケで少し迷ったが、今ではほぼ不安要素はなくなったし、多少の心配はかけるにしても相手の気持ちに負担をかける程ではなかろう…と自分の理性に言い訳しながら、いちばん気楽に話せる友人に、とうとう電話をしてしまった。

いやー、結構しゃべったなぁ。私にしては珍しい長電話になった。もちろん、無駄に心配をかけないように最初に現状を話したのは言うまでもないが、夫の帰りが遅いので先にベッドに入っていたら、階段を重いものが転げ落ちる音で目を覚ました…というところから、救急車を呼ぶ前に助けを求めてアパートの隣人を叩き起こしたこと、酔っぱらっている本人は救急車に乗せられても状況が分かっていなかったこと、頭は外傷だけで済んだが、首を固定しておく必要があると言われて入院するに至ったこと…などなど、かなり詳細に話して聞かせた。
といっても、自分の不安だった気持ちを感情的にぶちまけたワケではないぞ。むしろ、かなり客観的な報告だったように思う。第三者的に前夜を振り返ってみれば、わりとコミカルな一面もあって(なにしろケガ人が酔っ払いだったから)、笑いながら話した箇所もあったぐらいだ。それでも、そうやって詳細に話しているうちに、なんとなく気分が楽になっていくのが感じられた。

その後、かなり早めにベッドに入ったのだが、件のフラッシュバックも(あることはあったが)ボンヤリと薄れていって、しっかり眠りがやってきた。さすがに疲れがたまってたようで、なんと10時間も眠ってしまった。
「話す」という行為には、ことほどさように鎮静作用があるらしい。

そういえば、フレデリック・フォーサイスのスパイ小説の中に、情報機関がホームシックに陥った亡命者から情報を聴取する際は、その亡命者の家族や子供時代のことを詳しく話させる、というようなくだりがあった。そんな話をさせるのはホームシックに拍車をかけるかと思いきや、動揺を鎮めて冷静さを取り戻すのに効果的…なんだそうな。私も今回その効果のほどを、身をもって体験した気がする。
いや、まことに霊験あらたかでございました。
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