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父はどこから…?

このところ記事数がガックリ落ちているので、賑やかしに久々のロシア語ネタでも書いてみる。

ロシア語もああ見えて一応インド・ヨーロッパ語族の一員であるから、英語やフランス語、ドイツ語などと共通する(語源が同じで音も似ている)単語はけっこう多い。特に大昔、人類が言葉を話し始めた頃(言い換えれば様々な言語に分かれる以前の印欧祖語ができあっがった頃)から使われていたような単語は、現代のヨーロッパ各国語でもよく似ている。例えば家族の構成員を表す単語である。

「母」はmother(英)、Mutter(独)、mère(仏)、madre(伊)、мать(mat' 露)
「兄弟」はbrother、Bruder、frère、fratello、брат(brat)
「姉妹」はsister、Schwester、sûr、sollera、сестра(sestra)
といった具合。母はどれも m の子音で始まり、姉妹は s で始まる。兄弟については、フランス語とイタリア語で b が f になっているが、まあ仲間だと分かる形をしている。ところが、同様に「父」をチェックしてみると、
father、Vater、père、padre、отец(otets)
最初の子音がゲルマン語派で〔f〕、イタリア語派で〔p〕になっているが、これはまあ仲間と言える。でもロシア語は、どう見ても仲間はずれって感じだ。あんた、どっから出てきたの? と言いたくなるような形をしている。

ちなみに、これらの祖先である印欧祖語の「父」は、 pǝtēr という形だったらしい(専門的にはもっと色々こまかい記号がくっつくが、そこまでは表示できないので簡略化している)。無理にカタカナで書けば「パーテル」という感じだろうが、実はここから átta という異形が派生したらしい。
pǝtēr と átta じゃ似ても似つかないと思われそうだが、どうやらこの átta というのは幼児語だったらしい。しゃべり始めたばかりの幼児にとっては、p という破裂音は意外と難しいのである。一生懸命「パーテル」と言おうとしても「アッテ」とか「アッタ」とかになるというのは、まあ頷けるというか、想像に難くないだろう。
そして、幼児語というのはしばしば、大人にも使われるようになって定着することがある。日本語でも例えば、口を大きく開ける動作を表す「あ~ん」なんてのは、もともと幼児語のはずだが、歯医者が大人の患者に向かって「はい、あ~んして下さい」なんて言ったりする。この átta も、古代ギリシャでは大人が普通に使うようになり、それがスラヴ語に入って一般化したらしい。

さて、スラヴ語には指小形というのがあって、なんでも語尾をちょっと変えてカワイくしてしまうという悪いくせ(?)がある。スラヴ語に入った átta も、一般化するにつれて指小形が作られるようになった。もとから幼児語だったものが、その素性を忘れられて、さらにさらに愛称っぽく "отькъ"となり、これが徐々に変化して отек → отец と変わっていったものらしい。
だいたいの音の変遷をカタカナで表すと「アッタ」→「アッチク」→「アチェーツ」という感じか。
ちなみにロシア語(というかスラヴ語)において、кという子音がцに変わるのは一般的な現象である。ややこしい理屈をここで書くつもりはないが、現代ロシア語のцはすべて、古代においてкだった音が変化したものだと言われている。

というわけで、ロシア語(というか広くスラヴ語派)の「父」は、古代ギリシャ語からやってきた幼児語だったのである。
ちなみに、現代ロシア語で отец は極めてオフィシャルな語で、まあ日本語でいえば「父」である。これに対し、日本語の「とうちゃん」とか「親父」とかに相当する、家庭内での親しみを込めた呼び方は”па”となる。これは明らかに「パパ」の「パ」であり、祖語の pǝtēr(の残骸)を受け継いだものと言える。
つまり、かつて幼児語だったものが堅苦しい大人の言葉になり、正当な語だったものが近親者の使うくだけた言葉になっているわけで、実はあべこべだというところが、ちょっと面白い。
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